History of Aircraft
JAL's History
History of Uniform





1991- 2000 飛躍への時代JAL's History


1991 平成3年




5.15
  創立20周年。

6.3   成田=ホノルル線をDC-10-30型で週2往復開設。

図版1

6.5   A300-600R型1号機(JA8375)、東京国際空港に到着。

6.10   米国・カリフォニア州ナパに、パイロット自社養成のための訓練所をオープン。

7.10   天皇・皇后両陛下は、長崎県の雲仙普賢岳噴火による被災地をお見舞いのため、東京―長崎の定期便361便にご搭乗。

7.20   A300-600R型が東京=札幌線、東京=青森線に就航。

8.1   客室乗務員の英文呼称を「スチュワーデス」から「キャビンアテンダント」へ改称、運用開始。



1992 平成4年




3.31

ヘリコプター事業部が40年に亘る長い歴史に終止符。(解散)

図版2

5.9

天皇・皇后両陛下は、福岡で開催された第43回全国植樹祭にご臨席のため、特別機(東京=福岡線)にご搭乗。(お帰りは5.13)

11.1

新情報システムが稼動。
チェックインシステム等の導入により処理能力を2倍にした。国内旅客総合システム、国内貨物システムを構築。



1993 平成5年




1.17

釧路沖地震の災害支援のため、1月17日から1月26日まで、札幌=釧路間を毎日1往復臨時便を運航。

4.18

名古屋発花巻行451便DC-9-41型JA8448機は、花巻空港着陸時ハードランデングにより火災が発生し大破。乗客72名、乗務員5名、計77名が搭乗していたが、乗客2名、乗務員1名が重傷。

10.6

国際線搭乗旅客が100万人を達成。

図版3

10.23

天皇陛下は、徳島・香川両県で開催された第48回国民体育大会にご臨席のため、特別機(東京―徳島間)にご搭乗。(お帰りは10.27の高松―東京)


1994 平成6年




4.1

羽田空港の機体工場見学制度がスタート。

6.1

成田=ホノルル線運休。

7.22

千歳・羽田・大阪・福岡の4空港において「アドバンス・チェックイン」を開始。サービス内容は、営業開始時刻より当日の最終便まで全便の座席指定と手荷物受託の搭乗手続きを行う。

9.4

関西国際空港が開港。10路線、14往復就航。

図版4

9.15

満65歳以上のお客様を対象に、「らくらくVIPサービス」を開始。

9.30

大阪国際空港からのYS-11路線が終了。日本エアコミューターへ路線を移管。

図版5


1995 平成7年




1.17

兵庫県南部地震の災害支援のため、救援物資の無償空輸や臨時便を1月18日から4月10日まで1,219便13万9,717人を輸送した。

3.31

成田=シンガポール線を運休。

6.28

代表取締役社長に舩曳寛眞が就任。代表取締役会長に眞島健が就任。

7.26

天皇・皇后両陛下は、「戦後50年慰霊の旅」のため、特別機にご搭乗。(東京―長崎―広島―東京: 〜7.27)

8.1

「JASチッケトレスサービス」始まる。
サービス内容は、予約時にカードで航空券の購入が出来、当日、カウンターへカードを提示することで、チェックインが出来る。


9.2

近畿日本ツーリストとの共同企画による国際プログラム・チャーター「JASピーターパンフライト」がスタート。

10.2

関西=広州線をA300-600R型で開設。

11.7

MD-90型機体カラーマーキング決定。デザイナーは、映画界の巨匠 黒澤明監督。テーマは、「日本の朝」「日本の空を彩る七色の虹」。

図版7


1996 平成8年




1.9

MD-90型1号機(JA8064)、東京国際空港に到着。

3.3

航空機では世界初の女性用トイレ、花の香り「フローラル・ルーム」のサービスを開始。

図版8

図版9

3.8

YS-11型ラストフライト。(南紀白浜=東京線996便)

図版10

4.1

MD-90型、東京=長崎線、東京=帯広線、東京=青森線に就航。

4.22

インターネット等を通じて、B777型のカラーマーキングを一般公募。

図版11

図版12

9.18

パソコンを使った予約・チケットレスサービス「JASとON-LINE」を開始。サービス内容は、従来の電話での予約をパソコン通信に切り替えた。

10.11

天皇・皇后両陛下は、広島県下で開催された第15回国民体育大会秋季大会にご臨席のため、特別機(東京=広島線)にご搭乗。(お帰りは10.13)


1997 平成9年




1.17

DC-9-41型が三沢=東京線224便を最後に路線より退役。

1.20

株式会社ハーレクィンエアを設立。

1.28

B777型1号機(JA8977)、東京国際空港に到着。

4.1

客室乗務員新制服着用。地上職員は6.1夏服より。

4.1

B777型が、東京=福岡線(1日2往復)、東京=札幌線(1日1往復)に就航。
シートは、スーパーシート12席、レインボーシート38席、レギュラーシート330席の日本初の国内線3クラス設定。


図版13

6.2

関西=香港線をA300-600R型で週4往復開設。

9.1

日本初の機体広告塗装機「JASポカリスエット号」A300-600R型(JA8562)国内主要路線に就航。

図版14

9.29

株式会社北海道エアシステム設立。


1998 平成10年




1.8

JAS国内線の一部をハーレクィンエアによりウエットリース運航開始。

4.18

本社移転。虎ノ門第37森ビルから羽田メンテナンスセンター1へ。

7.17

国内線の全便全席禁煙を実施。(国際線は2000年10月29日から実施。)

8.6

新自動チェックイン機(SCM)を導入し運用開始。


1999 平成11年




1.30

成田=香港線をA300-600R型で週3往復開設。

3.28

関西=昆明線をA300-600R型で週2往復開設。

4.5

成田=広州線をDC-10型で週2往復開設。

図版15

4.6

成田=西安線をDC-10型で週3往復開設。

図版16

4.26

関西=西安線をA300-600R型で週2往復開設。

図版17

8.31

DC-9-81型が、奄美大島―東京行548便を最後に路線から退役。


2000 平成12年




3.26

関西=ソウル線をA300-600R型で週6往復開設。

3.30

DC-10型ラストフライト。(ハーレクィンエアのチャーター便、鹿児島―関西)

8.14

日本エアシステムに社名変更後、総旅客数が2億人を突破。
創立からの累計旅客数は、1999年度に3億人を突破。


10.6

鳥取県西部地震の災害支援のため、旅客を対象とした東京=出雲間の臨時便を10月6日から10月7日の2日間、MD-81型で1日2往復運航。





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