About JAL’s History

JAL’s History

(JAS) 1952−2004
お客さまの利便性向上と世界的競争に打ち勝つことを主眼に、
2004年にJALと経営統合を行うまでのJAS((株)日本エアシステム)の歩みを振り返ります。
  • 1952年7月4日
    日東航空株式会社設立。(資本金5,000万円)
    9月13日
    富士航空株式会社設立。(資本金1,000万円)
    1953年6月30日
    北日本航空株式会社設立。(資本金5,500万円)
    11月30日
    東亜航空株式会社設立。(資本金1,000万円)
    1964年4月15日
    日東、富士、北日本の3社合併で日本国内航空株式会社設立。(資本金34億8,000万円)
    1971年5月15日
    東亜国内航空設立。日本国内航空株式会社と東亜航空株式会社が合併。資本金95億2,500万円。代表取締役会長に下村彌一、代表取締役社長に富永五郎が就任。本社を羽田日本航空メンテナンスセンター(東京都大田区羽田空港1丁目9番1号)に置く。
    10月1日
    スチュワーデス、地上職員の制服を一新。
    1972年8月1日
    初のジェット化路線となる東京=大分線をB727型で運航。
    10月18日
    TDAスカイコール(初のオンライン予約システム)稼動。
    1973年5月31日
    デ・ハビランドDH-114-TAW(タウロン)屋久島=種子島線を最後に路線から退役。(JA6162、JA6163)
    10月29日
    DC-9型機体新カラーマーキング“レッド&グリーン”に決定。
    12月1日
    DC-9-31型が東京=釧路線に就航。
    1974年3月16日
    DC-9-41型1号機(JA8423)東京国際空港到着。
    4月3日
    DC-9-41型が東京=大分線に就航。
    10月31日
    深夜便、東京=福岡の“ムーンライト”便を最後に運休。
    12月1日
    丘珠空港から千歳空港へ施設展開完了。業務開始。
    1975年1月6日
    B727型 大分=東京線336便を最後に路線より退役。
    3月1日
    東京=札幌、東京=福岡両幹線をDC-9-41型で開設。
    5月1日
    東京=長崎線をDC-9-41型で開設。初のダブルトラックが実現。
    8月1日
    沖縄海洋博開催期間、大分=沖縄線、宮崎=沖縄線、長崎=沖縄線をDC-9-41型で運航。
    10月1日
    スチュワーデスの制服を一新。(セルリアン・ブルーへ変更)
    1976年3月22日
    YS-11型機体カラーマーキングを“レッド&グリーン”へ変更開始。
    10月1日
    グランド・ホステスの制服を5年ぶりに一新。
    1977年2月18日
    千歳空港にボーディングブリッジの代替として、旅客輸送専用バス「オートラウンジ」を導入。
    4月25日
    名古屋から初の定期路線、名古屋=長崎線、名古屋=仙台線をDC-9-41型で開設。
    7月29日
    1976年の年間定時出発率が世界のDC-9型運航会社の中で最も優秀なものとして評価され、ダグラス社から表彰される。
    1978年7月20日
    ダブルトラック3路線、東京=函館線、東京=熊本線、東京=鹿児島線を、DC-9-41型で開設。
    1979年11月4日
    新予約システム「スカイコールV」稼動開始。
    12月10日
    エアバスA300型機体カラーマーキング「レインボーカラー」採用決定。
    1980年12月3日
    エアバスA300 1号機(JA8464)東京国際空港に到着。
    1981年2月2日
    DC-9-81型1号機(JA8458)東京国際空港に到着。
    3月1日
    A300型が東京=鹿児島線に就航。DC-9-81型が東京=三沢線に就航。
    10月1日
    通信・運航システム「TDAフライトコール」稼動。
    1982年7月21日
    羽田空港から目的地を知らせないミステリーフライト「アルカディア号」を運航。(DC-9-41型とYS-11型)
    10月2日
    天皇陛下ご一行は、島根県下で開催された第37回国民体育大会秋季大会にご臨席のため、特別機(東京=出雲線)にご搭乗。(天皇陛下のTDA機ご搭乗は今回がはじめて。)
    1983年7月1日
    日本エアコミューター株式会社、第3セクター方式で設立。
    12月10日
    日本エアコミューター(株)へ奄美関係4路線を移管。
    1984年1月29日
    皇太子殿下ご夫妻は、釧路市で開催された第39回国民体育大会冬季大会にご臨席され帰路、釧路―東京間の定期便138便にご搭乗。
    10月13日
    皇太子殿下ご夫妻は、岩手県で開催された第8回全国育樹祭にご臨席のため、東京―花巻間の定期便231便にご搭乗。(お帰りは10.15花巻―東京間の定期便234便にご搭乗)
    1985年1月30日
    MD-81型機体カラーマーキング3色(赤・青・黄)のレインボーカラー採用を決定。
    3月17日
    筑波科学博会場へヘリコプター旅客輸送を実施。(羽田=筑波、羽田=成田、成田=筑波間で9.16まで実施。)
    4月12日
    MD-81型1号機(JA8496)、東京国際空港に到着。
    5月1日
    D-81型が東京=帯広線、東京=三沢線へ就航。
    9月5日
    航空宅配便「TDAレインボーサービス」を開始。
    1986年4月2日
    エアバスA300-B4型1号機(JA8237)、東京国際空港に到着。
    9月19日
    初の国際線チャーター便、大阪=ソウル間をDC-9-81型で運航。
    1987年3月23日
    株式を東京店頭市場に登録。売買開始。
    4月27日
    国際航空運送協会(IATA)に加盟。
    11月1日
    総合情報システム「スカイコール」稼動。
    1988年4月1日
    社名を東亜国内航空から「株式会社日本エアシステム」(英文名:JAPAN AIR SYSTEM CO. LTD)へ変更。
    4月8日
    DC-10-30型1号機(JA8550)、東京国際空港に到着。
    6月9日
    MD-87型1号機(JA8278)、東京国際空港に到着。
    6月16日
    MD-87型、東京=帯広線に就航。
    6月27日
    第25期定時株主総会で初配当を決議。
    7月1日
    初の国際定期便、成田=ソウル線をA300型で開設。
    7月1日
    機内誌「ARCAS」創刊。(隔月発刊)
    7月23日
    東京=沖縄線をDC-10-30型およびA300型で開設。
    10月1日
    地上職およびスチュワーデスの制服を一新。
    1989年3月13日
    1987〜1988年の間で出発信頼度等において、世界のA300型運航会社の中で最も優秀なものとして評価され、エアバス・インダストリー社から「A300型優秀オペレーター賞」を受賞。
    5月20日
    天皇、皇后両陛下、第40回全国植樹祭ご臨席のため、特別機(東京=徳島線)にご搭乗。(お帰りは5.21)
    10月1日
    コンピュータシステムをJRのマルスシステムとドッキング。みどりの窓口で航空券発券開始。
    1990年2月3日
    成田=シンガポール線をDC-10-30型で週2往復開設。
    7月21日
    天皇、皇后両陛下は、青森県下で開催された第10回全国豊かな海づくり大会にご臨席のため、特別機(東京=青森線)にご搭乗。(お帰りは7.23)
    12月25日
    「日東航空整備株式会社」設立。
    1991年6月3日
    成田=ホノルル線をDC-10-30型で開設。
    6月5日
    A300-600R型1号機(JA8375)、東京国際空港に到着。
    7月10日
    天皇・皇后両陛下は、長崎県の雲仙普賢岳噴火による被災地をお見舞いのため、東京―長崎の定期便361便にご搭乗。
    7月20日
    A300-600R型が東京=札幌線、東京=青森線に就航。
    1992年3月31日
    ヘリコプター事業部が40年に亘る長い歴史に終止符。(解散)
    5月9日
    天皇・皇后両陛下は、福岡で開催された第43回全国植樹祭にご臨席のため、特別機(東京=福岡線)にご搭乗。(お帰りは5.13)
    1993年1月17日
    釧路沖地震の災害支援のため、1月17日から1月26日まで、札幌=釧路間を毎日1往復臨時便を運航。
    10月23日
    天皇陛下は、徳島・香川両県で開催された第48回国民体育大会にご臨席のため、特別機(東京―徳島間)にご搭乗。(お帰りは10.27の高松―東京)
    1994年4月1日
    羽田空港の機体工場見学制度がスタート。
    7月22日
    千歳・羽田・大阪・福岡の4空港において「アドバンス・チェックイン」を開始。サービス内容は、営業開始時刻より当日の最終便まで全便の座席指定と手荷物受託の搭乗手続きを行う。
    9月4日
    関西国際空港が開港。10路線、14往復就航。
    9月15日
    満65歳以上のお客様を対象に、「らくらくVIPサービス」を開始。
    1995年1月17日
    兵庫県南部地震の災害支援のため、救援物資の無償空輸や臨時便を1月18日から4月10日まで1,219便13万9,717人を輸送した。
    7月26日
    天皇・皇后両陛下は、「戦後50年慰霊の旅」のため、特別機にご搭乗。(東京―長崎―広島―東京: 〜7.27)
    8月1日
    「JASチッケトレスサービス」始まる。サービス内容は、予約時にカードで航空券の購入が出来、当日、カウンターへカードを提示することで、チェックインが出来る。
    10月2日
    関西=広州線をA300-600R型で開設。
    11月7日
    D-90型機体カラーマーキング決定。デザイナーは、映画界の巨匠 黒澤明監督。テーマは、「日本の朝」「日本の空を彩る七色の虹」。
    1996年1月9日
    D-90型1号機(JA8064)、東京国際空港に到着。
    3月3日
    航空機では世界初の女性用トイレ、花の香り「フローラル・ルーム」のサービスを開始。
    3月8日
    YS-11型ラストフライト。(南紀白浜=東京線996便)
    4月1日
    MD-90型、東京=長崎線、東京=帯広線、東京=青森線に就航。
    4月22日
    インターネット等を通じて、B777型のカラーマーキングを一般公募。
    9月18日
    パソコンを使った予約・チケットレスサービス「JASとON-LINE」を開始。サービス内容は、従来の電話での予約をパソコン通信に切り替えた。
    10月11日
    天皇・皇后両陛下は、広島県下で開催された第15回国民体育大会秋季大会にご臨席のため、特別機(東京=広島線)にご搭乗。(お帰りは10.13)
    1997年1月17日
    DC-9-41型が三沢=東京線224便を最後に路線より退役。
    1月20日
    株式会社ハーレクィンエアを設立。
    1月28日
    B777型1号機(JA8977)、東京国際空港に到着。
    4月1日
    客室乗務員新制服着用。地上職員は6.1夏服より。
    4月1日
    B777型が、東京=福岡線(1日2往復)、東京=札幌線(1日1往復)に就航。シートは、スーパーシート12席、レインボーシート38席、レギュラーシート330席の日本初の国内線3クラス設定。
    6月2日
    関西=香港線をA300-600R型で開設。
    9月1日
    日本初の機体広告塗装機「JASポカリスエット号」A300-600R型(JA8562)国内主要路線に就航。
    9月29日
    株式会社北海道エアシステム設立。
    1998年1月8日
    JAS国内線の一部をハーレクィンエアによりウエットリース運航開始。
    7月17日
    国内線の全便全席禁煙を実施。(国際線は2000年10月29日から実施。)
    8月6日
    新自動チェックイン機(SCM)を導入し運用開始。
    1999年1月30日
    成田=香港線をA300-600R型で開設。
    3月28日
    関西=昆明線をA300-600R型で開設。
    4月5日
    成田=広州線をDC-10型で開設。
    4月6日
    成田=西安線をDC-10型で開設。
    4月26日
    関西=西安線をA300-600R型で開設。
    8月31日
    DC-9-81型が、奄美大島―東京行548便を最後に路線から退役。
    2000年3月26日
    関西=ソウル線をA300-600R型で開設。
    3月30日
    DC-10型ラストフライト。(ハーレクィンエアのチャーター便、鹿児島―関西)
    10月6日
    鳥取県西部地震の災害支援のため、旅客を対象とした東京=出雲間の臨時便を10月6日から10月7日の2日間、MD-81型で1日2往復運航。