JALの歴史-沿革 1991年~

沿革

1991-2000
皆さまとともに歩んできたJALの創立からの歴史を年表形式で振り返ります。

1991年

3月30日

東京(成田)=ワシントン線開設(ボーイング747型機)。機内食特別サービスとしてファーストクラスに「JAL寿司バー」設置(3カ月間)。

4月1日

ジャルフライトアカデミー、「ジェイ・エアー(J-AIR)」新名称で、広島=大分間・広島=松山間運航開始。

4月26日

大阪=松山線開設(ボーイング767-300型機)。
名古屋=プサン線開設。

7月1日

ジャパンエアチャーター第1番機、福岡=ホノルル間運航開始 (DC-10型機、チャーター便)。
国内線自動チェックイン機稼動開始。

7月20日

東京(羽田)=熊本線・東京(羽田)=秋田線・東京(羽田)=長崎線開設(ボーイング767型機)。

7月22日

広島=ソウル線開設(ボーイング767型機)。

9月1日

大阪=鹿児島線開設(DC-10型機)。

11月3日

東西ドイツ統一後、日本の航空会社では初めてベルリン線(東京(成田)=フランクフルト=ベルリン)を開設(ボーイング747-300型機)。

11月20日

J-AIR、広島=小松(金沢)線・広島=長崎線開設。

12月25日

日本アジア航空、名古屋=サイパン=グアム線の運航開始(DC-10型機)。

1992年

3月23日

大阪=ケアンズ=シドニー線開設(ボーイング747型機)。

4月1日

大阪=バンコク線開設(週4便・DC-10型機)。うち1便はシンガポールまで運航。

4月24日

福岡=函館線開設(ボーイング767型機)。

7月18日

大阪(伊丹)=仙台線(ボーイング767型機)、名古屋=鹿児島線開設(ボーイング767型機)。

8月3日

名古屋=北京線開設(週2便・DC-10型機)。

10月25日

東京(成田)=ミュンヘン線(ボーイング747-400型機)開設。

12月26日

仙台=札幌線を開設(ボーイング767型機)。

1993年

1月

マイレージプログラム導入。

3月20日

大阪=福島線を開設(ボーイング767型機)。

3月22日

東京(羽田)=大分線を開設(DC-10型機)。

4月2日

東京(成田)=ミラノ=ローマ線を開設(ボーイング747型機)。

4月23日

日航財団と日本航空、気象庁などと共同で、自動大気採取装置を装備した航空機による上層大気の定期観測(月1回)を開始。

5月1日

国内線3路線で、初の機内販売を開始。イタリアのデザイナーによるTシャツ2種類を7月末まで販売。

7月1日

南西航空(株)、社名を日本トランスオーシャン航空(株)に変更。

1994年

2月1日

身体障がい者の方を対象としたプライオリティ・ゲスト予約センターを、東京支店内に開設。

3月1日

J-AIR、広島=新潟線を開設(ジェットストリーム・スーパー31型機)。

3月20日

名古屋=帯広線を開設(ボーイング767型機)。

3月25日

MD-11型機を「J-Bird」と名づけ、各航空機に日本の野鳥からとった愛称を命名すると発表。04.01 就航。

4月1日

MD-11型機「J-Bird」、東京(羽田)=函館線・東京(羽田)=鹿児島線に就航。愛称は、「エトピリカ」と「ヤイロチョウ」。
国際線2路線のファーストクラスに、世界初のマッサージ機能を備えた航空機専用マッサージ・シート「スカイマッサージシート」を導入。
東京(成田)=ジャカルタ=デンパサール線を開設 (ボーイング747型機)。
東京(成田)=ニューヨーク(ジョン・エフ・ケネディ)線のエグゼクティブクラスに、スーパーエグゼクティブシートを導入。

6月1日

MD-11型機「J-Bird」が国際線に就航。初便はプサン行「タンチョウ」。

6月4日

スーパーリゾート・エクスプレス・サービスを、ホノルル線で開始(リゾッチャ)。

8月1日

ミッキーマウスとその仲間たちを機体に描いた「JALドリームエクスプレス」1号機、東京(羽田)=札幌・東京(羽田)=福岡線に就航。

9月4日

J-AIR、広島西=大阪(関西)線を開設。
関西国際空港開港にともない、大阪(関西)発着の国際線新路線「関西エクスプレス」(3路線)を開設。 9月4日ロンドン線 9月6日パリ線 9月4日 ロサンゼルス線
関西国際空港開港にともない、大阪(関西)発着の国内線新路線を開設。長崎線、熊本線、松山線、羽田線、札幌線、沖縄線、福岡線
伊丹=長崎、伊丹=熊本、伊丹=大分、伊丹=宮崎線開設。
羽田=宮崎線、福島=沖縄線開設。
日本アジア航空、大阪(関西)=デンパサール=ジャカルタ線を開設(DC-10-40型機)。

11月9日

定期便として仙台=ホノルル線を開設 (DC-10型機)。ジャパンエアチャーターからのウェット・リース方式。

11月16日

ベトナム線(大阪(関西)=ホーチミンシティ)を開設 (DC-10型機)。

1995年

2月3日

J-AIR、小松(金沢)=新潟線を開設。

5月10日

名古屋=沖縄(那覇)線、名古屋=山形線を、日本トランスオーシャン航空から引き継いで開設(ボーイング767型機)。

6月1日

国内航空会社の先陣を切って、インターネットホームページを開設。
インタラクティブ性をいかしたサービスを、ホームページ上で提供。大阪(関西)=大分線を開設。

6月2日

大阪(関西)=鹿児島線を開設。

7月22日

帯広=福島線を開設。

9月1日

大阪(関西)=鹿児島線・名古屋(小牧)=鹿児島線に、ボーイング737-400型(FLOWER JET)の1号機「コスモス」(座席数150席)が就航。

10月20日

女性初の「一等航空整備士」誕生。

11月1日

大分=大阪(関西)線に、ボーイング737-400型(FLOWER JET)の2号機「リンドウ」が就航。

11月19日

日本アジア航空、創立20周年記念行事の一環として、小・中学生から募集したデザイン画を塗装した「那魯灣」号が就航。

1996年

2月16日

「JAL SUPER LOGISTICS」のロゴを塗装した国際線貨物専用機(ボーイング747-F型機)の1番機、東京(成田)=シンガポール線に就航。

6月1日

J-AIR、広島西=出雲線を開設。

6月2日

コナ線(東京(成田)-コナ(ハワイ島)-ホノルル-東京(成田))線開設(ボーイング747型機)。

7月1日

仙台=帯広線を開設。
日本の航空会社では初めて、国内線全便を対象に、インターネットでの予約サービス(24時間)を開始。

7月15日

大阪(関西)=フランクフルト線を開設。

7月19日

大阪(関西)=函館線、札幌=新潟線を開設。

7月27日

本社を天王洲(品川区東品川)の「JALビル」(現野村不動産天王洲ビル)に移転。

8月

株式会社ジェイエア設立。広島西発着8路線を運航。

10月1日

JALエグゼクティブクラス「SEASONS」誕生。シート・機内食・空港ラウンジなど、サービスを全面的に刷新。9月4日 発表。
J-AIR、広島西=鳥取線を開設。

10月6日

大阪(関西)=デリー線を開設(MD-11型機)。

11月1日

J-AIR、小松(金沢)=出雲線を開設。
J-AIR、新潟=仙台線を開設。

11月2日

大阪(関西)=ミラノ=ローマ線を開設(ボーイング747-400型機、週2往復)。8月7日 申請。

12月1日

名古屋=宮崎線開設。

1997年

1月24日

J-AIR、広島西=南紀白浜線を開設。

4月1日

ボーイング737型機運航会社として、(株)ジャルエクスプレス(JEX)を設立。
JALマイレージバンク(JMB)を国内線にも導入。

4月22日

J-AIRで、日本初の女性副操縦士誕生。

7月1日

東京(羽田)=帯広線・東京(羽田)=女満別線・東京(羽田)=高知線を開設。

9月23日

定期航空運送事業としては国内初の女性パイロットが、ボーイング747型機の副操縦士として東京(羽田)-函館間を初フライト。

10月1日

J-AIR、広島西=鹿児島線を開設。

10月3日

南アフリカ航空との共同運送で、ヨハネスブルグ線(大阪(関西)=バンコク=ヨハネスブルグ)の運航開始(ボーイング747-200型機)。

11月2日

大阪(関西)=大連線を開設(ボーイング767-300型機)。

12月17日

長野オリンピック聖火チャーター機を運航。12月23日 JL5418便がアテネから東京(成田)へ到着。

12月27日

J-AIR、新潟=花巻線を開設。

1998年

2月8日

サッカー日本代表チームのワールドカップ応援ロゴを、機体に表示。

3月17日

ホテル・リゾート関連やJAL本体の累積損失を合わせた1,546億円の損失を、資本準備金などを取り崩して一掃すると発表。

3月20日

ジャルエクスプレス、大阪(伊丹)=宮崎線・大阪(伊丹)=鹿児島線の免許を取得し、JEXロゴならびに機体と制服のデザインを発表。

4月1日

名古屋=ロサンゼルス線を開設(MD-11型機)。

4月2日

広島=ホノルル線を開設(DC-10-40型機)。

4月3日

名古屋=ロンドン線を開設。

4月6日

成田貨物支店の輸出業務を対象に、国内定期航空会社で初めて「ISO9001」の認証を取得。

4月20日

大阪(関西)=天津線・名古屋=天津線を開設(ボーイング767-300型機)。

5月11日

福島=札幌線を開設(ボーイング767-300型機)。

7月1日

ジャルエクスプレス、大阪(伊丹)=宮崎線・大阪(伊丹)=鹿児島線を開設(日本航空からの移管)。
東京(成田)=大連線を開設(週2往復、ボーイング767-300型機)。

7月4日

東京(成田)=青島線を開設(ボーイング767-300型機)

7月17日

J-AIR、新潟=名古屋線を開設。

10月1日

日本アジア航空、客室乗務員の新制服を着用開始。デザイナーは永澤陽一氏。

10月2日

東京(成田)=ラスベガス線を開設(ボーイング747型機)。

11月1日

J-AIR、名古屋=高知線・高知=宮崎線を開設。

12月19日

新潟=ホノルル線を開設(DC-10型機)。

1999年

1月11日

法人顧客を対象に、パソコンで直接航空券の予約・購入ができる国内線出張サポートソフトウエア「JALオンライン」を開発、サービス開始。

1月18日

整備本部の機装工場(羽田)、国内航空会社として初めてISO14001を認証取得。

3月15日

東京(成田)=ダラス線を開設(ボーイング747-400型機)。

4月1日

J-AIR、広島西=高知線・高知=福岡線を開設。
国際線の全席禁煙を実施。
名古屋=グアム線を開設。

5月1日

大阪(関西)=シカゴ線を開設(ボーイング747-400型機)。

10月1日

ジャパンエアチャーター(株)を定期航空会社化し、社名を(株)ジャルウェイズに変更。

11月2日

大阪(関西)=ソウル間に、貨物便の初便が就航。

2000年

3月3日

沖縄サミットの開催にあたり、サミットのロゴマークを機体に描いた航空機の運航を開始。

4月2日

東京(成田)=上海線で、貨物定期便としての初便を運航。

6月1日

日本航空と日航財団、大気観測により「運輸大臣表彰」受賞。

7月9日

シドニーオリンピックを前に、JOCエンブレムと「がんばれ!ニッポン!」の文字入り特別塗装機が国内線に就航。

11月2日

ベトナム航空とのコードシェアにより、東京(成田)=ホーチミンシティ線を開設(ボーイング747-400型機)。