航空機による大気観測 - CONTRAILプロジェクト
概要
JALグループでは、1993年から航空機による大気観測を開始し2005年からは観測を拡充するために、5つの機関(独立行政法人国立環境研究所、気象庁気象研究所、株式会社ジャムコ、財団法人JAL財団、日本航空)で構成された定期旅客便による継続的な温室効果ガスの地球規模の観測「CONTRAIL*プロジェクト」を発足しました。官民一体のプロジェクトとして活動を継続し、現在ではボーイング777型機による観測を実施しています。
* Comprehensive Observation Network for Trace gases by Airlinerの略で、英語で飛行機雲を意味します。
目的
民間航空機を活用し、温室効果ガスを広範囲にわたり把握し、その変動を観測することで、地球規模での炭素循環のメカニズムを解明することを目的としています。
プロジェクトの歩み
プロジェクトの開始
1984年より2年間、東北大学と協業し、成田―シドニー間と成田―アンカレッジ間で手動ポンプによる空気採取で上空の二酸化炭素濃度を観測しました。国際線の定期旅客便による上空での緯度別大気観測は世界で初めての試みでした。
機上装置の設置により、広範囲かつ高頻度に
それまでは手動で空気採取を実施しておりましたが、ボーイング747-400型機(退役済み)にCO2濃度を測る装置を設置し、広範囲かつ高頻度でCO2濃度を観測することが可能になりました。
使用する観測機器
この観測には自動大気採取装置(ASE)、CO2濃度連続測定装置(CME)、手動大気採取装置(MSE) の3種類の観測機器を運用しており、いずれもこの目的のために開発・製造されました。このうちの最初の2つの装置は上記の5つの機関に加えて東北大学と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が協力して開発を行いました。
また、これらの装置を搭載するためには、特別な機体改修を施す必要があり、改修に対する耐空性試験を受けたのち、米国連邦航空局、および国土交通省航空局の承認を受けています。
観測により解明されたこと
森林火災による熱帯域からの大規模CO2放出
2015年は非常に強いエルニーニョ現象などによる干ばつで東南アジアの島嶼地域での泥炭・森林火災が大規模化しました。CONTRAILおよび貨物船による現地での高精度観測により、泥炭・森林火災で放出された二酸化炭素(CO2)を観測しました。大気シミュレーションモデルを用いてこれらの観測データを解析することにより、2015年9−10月の期間において東南アジア島嶼地域で発生した大規模火災からのCO2放出量を273 Tg(炭素換算)と推定しました。この量は日本の年間の放出量に匹敵します。2015年の大規模火災からのCO2放出量について、現場での高精度観測データを使った推定は本研究が初めてです。当該地域の泥炭・森林火災からのCO2放出量は極めて大きく、今後も観測による継続したモニタリングが重要です。
都市域からのCO2排出
CONTRAILプロジェクトで2005年から2016年の約10年間にわたって取得されたCO2濃度の観測データを解析することによって、世界34都市の直上におけるCO2濃度変動の特徴を明らかにしました。各都市上空で都市の風上側と風下側を比べると、都市の風下で顕著なCO2濃度の増加が観測され、都市域のCO2排出の影響を見出すことができました。従って、各都市上空におけるCO2濃度の変動幅の大きさは都市からのCO2排出の影響を捉えており、CO2排出が大きいと考えられる都市ほど、その上空におけるCO2濃度の変動幅も大きいことが明らかになりました。今後もこの観測データを都市域や世界各国のCO2排出の監視に役立てて活用することで温室効果ガスインベントリの精度向上にも貢献できると期待されます。
なお、本研究開発は、環境省 地球環境保全等試験研究費(環境省、国交省実施課題:環1652)による支援を受けて行いました。
外部への協力
温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」の観測への協力
CONTRAILプロジェクトに参加するJAL機によって得られた観測データは、「いぶき」および「いぶき2号」の温室効果ガス観測の検証にも役立てられています。以下の検証では使用した航空機観測データのうち72%がCONTRAILデータです。
受賞歴
専門家からの声
国立環境研究所 地球システム領域 地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室 室長 町田敏暢さん
このプロジェクトのように温室効果ガスの濃度を地球規模で高頻度に測定し、そのデータを蓄積するプロジェクトは世界で初めての試みであり、観測データは地球温暖化やその仕組みを調べている世界中の研究者にとっては貴重なデータとして注目を集めています。
2005年から始まったCMEによる連続測定は、画期的な4つのメリットがあります。まず「毎日測ることができる」ということ。つまりデータを頻繁に取得できるということです。第2に「世界各地のCO2濃度を測ることができる」ということ。第3に、地表から上空まで高さの違いによるCO2の変化、つまり「鉛直分布が調べられる」ということ。そして最後に「空間的に詳細な分布を取得することができる」ということです。
特に3番目の「鉛直分布」がとても大切で、その場の陸上植物や海洋さらには人間活動の総和として地表面が放出(または吸収)するCO2量の指標になるとともに、大気の流れ(輸送)の中で最も不確実性の大きい鉛直輸送を検証するにも極めて有効な情報となります。世界中にまだ、これらの鉛直分布データは限られた場所でしか得られていません。それが高頻度で定期的に得られるCONTRAILは画期的なプロジェクトです。
CONTRAILデータは地球規模の炭素循環や大気輸送の研究さらには衛星観測の検証のために、国内外の研究者に広く配布して利用を推進しています。2018年にはCMEデータにDOI(Digital Object Identifier:デジタルオブジェクト識別子)という世界共通の識別番号を付けての一般公開を行いました。DOIの付与によってルールに沿ったデータ利用が極めて容易になり、CONTRAILデータの利用がさらに広がると期待されます。2019年にはASEの一部のデータにもDOIを付与して公開し、さらに2021年には観測後1年未満のデータを含む「最新データ」を速報値的にDOIを付与して公開することになりました。CONTRAILデータを使った研究成果はこれまでに国際学術誌に65本の査読付き論文として掲載されています。