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機材の歴史-1951年

1951-1960
JALと共に歩み続けてきたJAL航空機の歴史をご紹介いたします。
歴史をきざんだ数々の名機がオンライン上によみがえります。


8月
DC-3
1951年10月25日から1952年10月24日就航。
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10月の定期便就航を前に、3日間の招待飛行を実施。フィリピン航空からチャーターしたDC-3を「金星号」として使用した。
写真は第1日(8月27日)、東京周辺招待飛行への出発前の羽田空港でのもの。


10月
マーチン202
1951年10月25日就航。1952年10月24日退役。
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ノースウエスト航空から計5機をチャーター。1年後の自主運航開始とともに、姿を消した。
座席数36席、巡航速度450km/h。


11月
DC-4
1951年11月2就航。1965年3月19日退役。
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自主運航開始前の約1年間、ノースウエスト航空からのチャーター機「てんおう星号」を使用した。
自主運航開始にあわせて同機も購入し、「十勝号」となった。


10月
DC-6B
1953年10月2日就航(国内線)。1969年4月26日退役。
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1954年2月2日の国際線定期便開設(東京ーサンフランシスコ)に備え導入した。1950年代の国際線主力機で、チャーター機1機を含め計10機を保有していた。
座席数36~58席(国際線仕様)、巡航速度450km/h。


12月
DC-7C
1957年12月17日就航。1965年12月9日退役。
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ジェット機導入までの中間機として、計5機を保有。ターボコンパウンド・エンジンを採用し、スピード・航続距離とも増大した新鋭機であった。座席数48~72席(国際線仕様)、巡航速度550km/h。


7月
DC-8-32
1960年7月16日から1974年11月1日まで就航。
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ジェット時代の幕を開けたDC-8は、長距離国際線を中心に一時代を築いた。「空の貴婦人」とうたわれた優雅なフォルム、卓越した性能に加え、客室に設けられた純日本風のラウンジや西陣織のシートなど「日本文化」を強くアピールしたサービスも評判を呼んだ。
写真は1番機「FUJI号」。その後27年間にわたり、-30・-50・-60の各シリーズで計60機を使用した(リース機含む)。


11月
DC-8-33
1960年11月24日から1975年3月28日まで就航。
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