About 機材の歴史

機材の歴史

1961−1970
JALと共に歩み続けてきたJAL航空機の歴史をご紹介いたします。
歴史をきざんだ数々の名機がオンライン上によみがえります。
  • 1960
    7月

    DC-8-32
    1960年7月16日から1974年11月1日まで就航。

    ジェット時代の幕を開けたDC-8は、長距離国際線を中心に一時代を築いた。「空の貴婦人」とうたわれた優雅なフォルム、卓越した性能に加え、客室に設けられた純日本風のラウンジや西陣織のシートなど「日本文化」を強くアピールしたサービスも評判を呼んだ。
    写真は1番機「FUJI号」。その後27年間にわたり、-30・-50・-60の各シリーズで計60機を使用した(リース機含む)。

  • 1960−1975
    11月

    DC-8-33
    1960年11月24日から1975年3月28日まで就航。

  • 1961−1971
    7月

    コンベア880
    1961年7月21日から1971年4月28日まで就航。

    区間距離が短く多くの旅客数も望めなかった東南アジア線・南回り欧州線での使用を前提に購入(計9機)した、中型ジェット機。国内線で競合していたターボプロップ機対策のため、国内線にも投入された。

  • 1962−1982
    3月

    DC-8-53
    1962年3月26日から1982年3月5日まで就航。

    DC-8-50シリーズは、ターボファンエンジンを搭載することで、-30シリーズに比べ航続性能を格段に向上させた。最初の-50シリーズ(JA8007)は、到着後すぐに北回り欧州線(北極経由)に就航した。

  • 1965−1982
    3月

    DC-8F−55
    1965年3月5日から1982年6月16日まで就航。

  • 1965−2006
    4月

    YS-11
    1965年4月10日から2006年12月20日まで就航。

    戦後初めて日本で開発された旅客機であり、郵便機として1機、旅客機として1機、計2機をそれぞれ1年間チャーターして使用した。

  • 1965−1988
    7月

    B727-100
    1965年7月20日から1988年2月8日まで就航。

    国内線専用として採用された「第2世代」のジェット機。3発リア・ジェットでT型尾翼、離着陸距離が短い、といった特徴がある。'60年代後半の国内線主力機となる。

  • 1966−1980
    2月

    DC-8-55
    1966年2月14日から1980年6月30日まで就航。

  • 1968−1988
    4月

    DC-8-62
    1968年4月19日から1988年1月20日まで就航。

    東京と海外主要都市間を無着陸直行便で結ぶ「国際ビームライン構想」実現のため導入された長距離用機。DC-8-50シリーズに航空力学上のさまざまな改良を加え、さらに優れた航続性能を誇った。

  • 1968−1988
    12月

    DC-8-62AF
    1968年12月13日から1988年1月31日まで就航。

    DC8の貨物専用機。大型コンテナをリフトアップしてローディングできる。東京−サンフランシスコ−ニューヨーク線に初就航。搭載能力は約35〜40トン。

  • 1969−1988
    2月

    DC-8-61
    1969年2月20日から1988年1月28日まで就航。

    国内線および東南アジア線で活躍したDC-8-61は、収容力を重視した長胴型で、他のDC-8が座席数150席前後であったのに対し、最大234席とすることができた。